客人を管制室まで送り、ふたりは帰途についた。静かな夜だった。何とはなしに離れがたく、しかし無分別な若者のようにべたべたと触れ合うような気も起こらず、彼らは一歩ごとに肩先を擦り合わせるようにしてゆっくりと歩いた。
 本当に、静かな夜だった。エルキドゥの歩幅はギルガメッシュのそれより僅かに狭い。だから揃って踏み出した歩調はいつの間にかずれてゆき、そしていつかまた揃う。偶然のように掠めあう互いの体温が愛おしい。
 息を潜めるようにして、居住区へ至る突き当りの角を曲がる。外側を歩くギルガメッシュの爪先が、エルキドゥの手の甲へこつんと当たった。ふと二人の視線が合わさる。常夜灯の下、互いの顔を見つめ合い、どちらからともなく照れたように笑った。
 手を繋ごうか、と彼らは思い、いや、でも、と躊躇する。普段のふたりなら、そして日の光の下でなら、何の衒いもなく出来てしまう他愛のない触れ合いが、今は妙に気恥ずかしかった。視線を投げる先にも困ったように、エルキドゥは窓の外ばかり見ている。月明りが緑のひとを仄かに照らす。神秘的な光景に見惚れたギルガメッシュが、控えめに差し出された友の小指に気付くまで、そう時間は掛からなかった。


 小指だけを絡め合って、ふたりは夜の回廊を歩き続けた。繋がり合った僅かな皮膚が熱を持ったように熱かった。俯き加減のエルキドゥが、ほとんど吐息のような声で囁く。
「…ギルも、繁殖したかった?」
「繁殖…」
 話題の出どころは分かり切っていたので、ギルガメッシュに驚きはない。それよりも、あまりといえばあんまりな単語に反応してしまう。
「交尾はたくさんしてたのにね」
 ひそやかな声でエルキドゥが追い打ちをかける。いつもはまだ宵っ張りの誰かしらが起きている時間だが、今日は食堂にも廊下にも人影がなかった。ギルガメッシュは軽く息を吐き、小さな声で答える。
「…子を成すつもりがなかったからな」
 その言葉に嘘はない。かつてギルガメッシュは老若男女を問わず相手にし、地上にある限りの肉欲に耽ったが、そのどれもが実子を残すであるとか、王朝を存続させるというような思想とは無縁だった。むしろ彼はそれを忌避していた。彼が見通し計画した未来において、自分の血を継ぐ子は居てはならなかったからだ。

「それじゃあ何のために交尾を?」
「快楽」
 間髪入れぬ手短な答えに、エルキドゥは首を傾げる。
「生物の定義は、自己の複製を求めることじゃないのかな」
「何が言いたい?」
「たとえ快楽を得るための手段であっても、交尾という行動の目的は繁殖になるんじゃないかと」
 エルキドゥは真面目で、そこにギルガメッシュを貶める意図などまったく無い。もちろん彼にも分かり切っていることなので、苦笑するにとどめる。
「野の獣と我を同列に語るのはお前くらいだぞ、エルキドゥ」
 むしろ友から獣と同じく評価されるのは名誉なことかもしれぬ、と思いながらギルガメッシュは足を止める。隣り合った扉の手前が彼の部屋だ。ギルガメッシュは小指をほどき、エルキドゥのたおやかな手をそっと握った。エルキドゥは更にその手をほどき、指同士を絡め握り込む形に変えた。言葉もなくふたりは、一枚の扉をくぐった。


 人恋しい夜というのは確かにある。若いころなら気ままに城下へ赴き思うままに奪い貪ったものだ。年経りたからといって、そのような情動が消え去ったわけではないが、仲間たちと酒を酌み交わし、友と親しく語らえばそれで事足りる程度のことだ。
 こやつはどうか、とギルガメッシュは、寝台に腰掛けて彼の読みかけの本を捲るエルキドゥを横目で見た。エルキドゥは道具であり物である。だから動物の持つ本能などとは無縁だろうが、それでも友には心があった。
「シャワーを使うか?」
 さりげなく尋ねながら寝台へ近寄るが、エルキドゥは顔を上げなかった。ページを捲る手が速い。おそらく読んではないないのだろう。友の頭の中で未だ渦巻く疑問を察し、ギルガメッシュは傍らに腰掛けた。ふたり分の体重を受けて、僅かに寝台が軋む。
「…我は神代最後の王になると自らの運命を見定めた。つまり我は神の末代であり、ゆえに我が種は我だけのもの。この肉体の複製や継承などに意味はない」

 相手に気持ちを伝えるために言葉を尽くすことは、彼が賢王となって得た美徳だった。しかしエルキドゥは依然、顔を上げないままで呟く。
「そうだね、分かるよ」
「エルキドゥ?」
 いぶかしげな呼びかけに応え、ようやくギルガメッシュに向き直ったエルキドゥの表情には、隠しきれないとまどいがあった。言うてみよ、とギルガメッシュが視線で促す。エルキドゥはようやく口を開いた。
「繁殖が目的の交尾でないのなら、君のつがいは何でも良かったんだね」
「否定はせぬ」
 ギルガメッシュは言い淀まない。悪事を働いたとは思っていないからだ。しかし続く声には思わず言葉を失った。
「もし僕に抱卵の機能があれば、君は僕と交尾をしただろうか」



「したかったか。我と。性交」
 ギルガメッシュの動揺は、たっぷり空いた時間と奇妙な倒置法が如実に物語っていた。
 彼らふたりは友だったが、友だからこれまで性的な関係にならなかった、というわけではない。彼らの間で使われる「友」という言葉は、現代でいうそれとはだいぶ意味合いが違う。友人と兄弟と恋人と尊敬する人をすべて兼ねた唯一無二の半身、といったところだろう。だから枕を交わす可能性だってあったはずだが、単にギルガメッシュが欲情しなかったのだ。
 というよりも、彼には初めて出会ったときからエルキドゥに欲望をぶつけ快楽を搾取するという選択肢が無かった、という方が正しい。若きギルガメッシュにとって性交とはそういうもので、そして彼はエルキドゥを己と対等な存在としてこの世の何より尊重していた。

「僕に搭載されていない機能だから、他に求めるのは当然だと思っていたんだけれど」
 淡々とした言葉の裏にあるものが、嫉妬などという陳腐なものでないことはギルガメッシュにとって明白だった。エルキドゥはそのような感情を持ち合わせない。ただ寝食をともにし、すべての苦楽をともに味わったギルガメッシュが、なぜこのことだけは自分を遠ざけたのか、と不思議でしょうがないのだろう。その原因を自らの性能に求めるのもまた、エルキドゥらしい考え方なのだが。
「…したいか」
 静かに問い掛けたが、ギルガメッシュの心中は荒れに荒れていた。彼は室内の明りをつけたことすら後悔していた。神の血を分けた白い肌は動揺を取り繕うには不都合だ。エルキドゥは考え込んでいるが、その瞳がせわしなく揺れ動いているのにギルガメッシュは気付いていた。少しの間のあとで、もしもそれが、と言葉が返される。

「君のよろこびになるなら」
 向けられたエルキドゥの視線に含まれていた僅かな怯えとそれを遥かに上回る好奇心。そしてすべての土台となる、圧倒的な自分への信頼を感じて、ギルガメッシュは強く唇を噛んだ。気持ちを落ち着かせるため、殊更ゆっくりと立ち上がり天井の照明を消し、枕元の明りを付ける。何が起こるのかと目を丸くしているエルキドゥの頬を撫で、その背を支えながら寝台へと横たえた。これはおそらく、彼にとっても初めての「交尾」だった。


 ひとつ枕で眠りについたことなど、数えきれぬほどある。冒険と遠征の日々では寝台など望めるわけもなく、日除けの木の下で互いの体に頭を預け、折り重なり縋り合って眠るのが常だった。己の肉体に恥じる感性を持たぬ者同士、裸体を互いの目に晒すのにもまったく抵抗はない。
 覆いかぶさるようにして、自分の服の首元の留め具へ手を掛けるギルガメッシュを見て、エルキドゥが自ら手早くそれを脱ぎ捨てたのは、だから責められるいわれは無いのだ。しかし瞬間的に彼が浮かべた微妙な表情の機微を読み解き、おそらく今のは失策だったと悟るのも早い。
 ならば、と腕を差し伸ばしギルガメッシュの上着に手を掛ける。ギルガメッシュは友のつたない手管に目を細め、好きなようにさせたまま自ら腕と髪の飾りを外し床へと投げ捨てた。脱がせた上着を枕元に置き、今度は耳飾りを外そうというのだろう、エルキドゥの指がギルガメッシュの首筋へ伸びる。もうよい、という意図を込めてギルガメッシュはエルキドゥの頭の横に手を付いて、ぐっと頭を下げその唇をついばんだ。

 その動作だけを切り取れば、彼らの間ではありふれた、日常の触れ合いに過ぎない。しかしエルキドゥは目に見えて過敏に反応した。今までにない状況と、我の面持ちに緊張したのかもしれぬ、とギルガメッシュは柔らかな唇を味わいながら考察する。きつく瞑られた瞼のために友の瞳が見えない。ギルガメッシュは親指の腹でゆるやかに、エルキドゥの瞼の薄い皮膚を撫でた。彼の気持ちは容易く通じ、僅かに瞳が開かれる。ギルガメッシュはその目元へも唇を落とす。
 鼻の頭を触れ合わせながら、彼らは互いの瞳を見詰めていた。ひとでなしの目だ。己の他に寄る辺を持たない孤独の目だ。神にも人にも物にも非ず、彼らは世界を漂っている。まるで火花が散るように、ふたりの間で鋭い共鳴が起こった。あるいはこの夜は必然だったのかもしれない。彼らはどちらからともなく手を伸ばし、触れ合った。太古の地球、温かな海で初めて他者を必要とした水草のように。



 初めは体のまさぐり合いのようなものだった。彼らは互いの皮膚をなぞり、肉を押し、握り、摘み、部位ごとの弾力や関節の動きを確かめ合った。非常な熱意と興味を持って、ふたりは互いの肉体に溺れた。下穿きはいつの間にかそれぞれで脱ぎ捨てていた。彼らは自らの肌にこの世でもっとも馴染む感触が相手の肌であることを知ったのだ。布などを間に挟む余地はなかった。
 じきに指先では飽き足らず、彼らは唇で、そして舌で、互いの体の形を覚え込もうとする。皮膚のきめの粗い場所から細かい場所へ、開拓者たちは徐々に分け入っていく。ギルガメッシュがエルキドゥの腹に口付けの跡を散らし、その胸の粒に舌を這わせるとき、エルキドゥはギルガメッシュの肉体で自分の持たない器官に触れていた。彼らは相手の裸など見飽きていたが、エルキドゥがギルガメッシュの興奮した状態を目にするのは初めてだった。
 それはエルキドゥの胸にある薄桃色の尖りと同じように、無為な機構でしかない。なぜ備わっているのかと問われても、人の形に生み出されたから、としか答えられないものだ。だからこそ彼らは一心に相手の体を愛でた。エルキドゥの指がギルガメッシュ自身を撫でさすりながら包み込む。胸に落ちる吐息が熱くなるのを感じ、エルキドゥは口を開いた。


「いれたい?」
 つたない、いっそあどけないと言うべきエルキドゥの声音のために、ギルガメッシュは言葉の意味を一瞬はかりかねた。無垢な音色を零した唇は、たび重なるギルガメッシュの愛撫によって熟れた果実のようにぽってりと赤みが増していた。一点の翳りもなかった美しい肢体に、ギルガメッシュの痕跡が点々と残っている。花弁のような口付けの跡を指先でなぞると、新雪に足を踏み入れる背徳感がギルガメッシュの心をざわめかせた。
 ギルガメッシュはエルキドゥの顔を見ると、しっかりと頷いた。エルキドゥは目を伏せ、そう、と吐息交じりに呟くと、ごろりとその場でうつ伏せになった。間接照明の下でさえ真っ白な背中が眩しい。導かれるように僅かに浮いた背骨の起伏へ指を伸ばし、ギルガメッシュはそれが正しくあることを確かめるかのように、ゆっくりと丁寧になぞり下ろしていく。ぬくもりが腰へと到達すると、エルキドゥはむずがるような声とともに腰だけを高く掲げた。猫科の大型獣を思わせる仕草に、知らずギルガメッシュの喉が鳴る。

 腰のあたりに接吻の雨を降らせながら柔らかな尻の曲線を楽しみ、ギルガメッシュは肉のあわいへと手を伸ばす。するりと指先でなぞったそこは、ただ温かくすべらかな感触があるばかりだ。何の凹凸も無いはざまは、エルキドゥに繁殖はおろか代謝の必要さえ無いことを直接的に知らしめている。創造主によって作り出され地に遣わされた人形は、その一個体だけで完結した世界に生きていた。
 ギルガメッシュは背後からエルキドゥに覆いかぶさると、熱くなったものをその肉体に押し付けた。上から包むようにしてエルキドゥの手を掴み、くっきりとした肩甲骨の陰影に口付ける。エルキドゥの腰が震える。次の瞬間、ぬるりとした感触とともに、彼の中心はエルキドゥの胎内に迎え入れられていた。
 ギルガメッシュは息を呑んだ。自らがエルキドゥに杭を穿つ、その力に呼応するかのように友の体が拓かれていく。押し付ける動きを止めることはできなかった。受け容れられる感触は、女の腹とはまるで違う。それは流動する熱い泥だった。エルキドゥを構成する泥の一滴、一粒までもが、ギルガメッシュの肉と先走りに触れ、驚きさざめくようにうねった。どこまでも深みへ嵌り込み引きずり込まれる快感が、ギルガメッシュの腰から脳天へと駆け上がっていく。

 夢中で腰を沈め切り、深く溜息をついたギルガメッシュへ、エルキドゥは言った。
「もっとごしごし擦っていいよ。そうしたら気持ちいいんだろう?」
「…誰から聞いた」
「ライオンとか」
 牛とか。枕に顔を埋めていたので友の声はくぐもっている。しかし聴き間違えようはずもなかった。問答の内容はともかくとして、エルキドゥがこの行為に快感を得ていないのは、その淡々とした口調からも明らかだ。自分の体に触れていた時の方がよほど楽し気だったとギルガメッシュは眉根を寄せ、すぐに気付く。友は肉欲で悦に入ったことがないのではないか。おそらくあの神どもは、抑止力の兵器にそのような感受性を備えまい、と。

 ギルガメッシュはエルキドゥの頬を撫で、自分の方へ振り返らせた。
「舌を…」
 自らべろりと出して見せると、つられたようにエルキドゥも真似をして舌を突き出す。多少苦しい姿勢ではあったが、ギルガメッシュはエルキドゥに口付けながら、その水蜜桃のような舌を思うさま吸い、自らの口中で愛撫する。同時に彼の楔をひときわ深くエルキドゥの胎内に打ち付けた。二か所の粘膜の間で双方向に出し入れされた魔力は循環を生み出す。その流れに乗せて、ギルガメッシュは自分の感覚を共鳴させた。静電気が走るような軽い痛みが粘膜で弾ける。どうだ、と問い掛ける間もなかった。


 エルキドゥの両目からぼたぼたとあふれ出した大量の水は、頬を滑り落ちそのままギルガメッシュの枕に幾つも濃い染みを作った。絶句するギルガメッシュへ、不自然な角度から差し出された手が震えている。手だけではない。肩も背中も、エルキドゥの体全体が、凍えた人のように髪を振り乱しがたがたと激しく震えていた。
「エルキドゥ、エルキドゥ…」
 言葉を見失ったギルガメッシュは、ひたすらに名前を呼びながら、友の手を取り背をさすった。エルキドゥは無理に振り返りギルガメッシュへ縋りつこうとする。うつ伏せで腰を上げている自分の体勢をすっかり忘れてしまったかのような、我を忘れた動きだった。ギルガメッシュは慌てて友の片側の肩を引くと自らも横になり、エルキドゥの背に胸を合わせた。白い肢体を背後から包み込むように抱き締めると、激しい震えが体中から直接伝わってくる。友の身に尋常でないことが起こっているのは確かだった。

「痛むか。苦しいか」
 せわしなく問い掛けながらもギルガメッシュは、答えを待たずにエルキドゥの中から抜け出そうとした。それを制したのはエルキドゥだった。
「うごかないで」
 鬼気迫る声にギルガメッシュは動きを止める。しかし声を出したことで下腹に力が入ったのだろう、ぐっと呻いて白い顎が上がる。糸の切れた繰り人形のような動きに、思わずギルガメッシュはエルキドゥの胸と腹に手を回しきつく抱き締めた。エルキドゥが手の届かないところへ行ってしまいそうで怖かったのだ。また内部に刺さったものが僅かに動き、エルキドゥは手負いの獣のように唸った。

 密着したふたりの体の間に少しでも隙間ができると、そのたびにエルキドゥの体は跳ねまわった。ギルガメッシュはひたすらにエルキドゥの体に肌を添わせ、そのうえで細心の注意を払い身じろぎもせぬよう努めた。それは非常な努力だった。いっときの狂乱は収まったものの、未だ小刻みに震える友の内部は煮え立った泥のように熱く、彼の体の敏感な部位に絶えず絡みついていた。何の責め苦だ、と奥歯を噛みながらもギルガメッシュは耐え続ける。もはや意地でしかなかった。
 永遠にも思える甘い地獄を破ったのは、喉を震わす小さな友の笑い声だった。
「エルキドゥ…?」
「新しい、感覚の、導入に、時間が、掛かって…」
 呼吸に乗せるようにして、一言ひとこと呟きながら、エルキドゥはなおも笑う。
「…ギル、必死」
「誰のためだと…」
 忌々し気に低く言うと、ギルガメッシュは眼前に晒されたエルキドゥの白い首筋にがぶりと噛みついた。途端にアッと高くエルキドゥが叫ぶ。同時に自身を強く締め上げられて、ギルガメッシュは呻いた。過ぎた快感に、瞼の裏でちらちらと光の粒が舞っている。兵器として設計され生み出されたエルキドゥに、人の心のみならず肉欲までをも背負わせた己の業に、ギルガメッシュは思いを馳せた。

「ギル」
「うん?」
「君の顔が見たい」
 途切れの無い言葉に、エルキドゥがようやく落ち着いてきたことが分かった。ギルガメッシュは用心深くエルキドゥの片足を抱え上げながら、じわじわと半身を起こす。エルキドゥは眉間に皺を寄せていたが、声を出すことはなかった。様子を見ながらギルガメッシュは徐々に大胆に体勢を変えていく。最後にエルキドゥの両足を自分の肩に担ぐと、彼は両手をエルキドゥの頭の両側に置き、顔を寄せた。
「ギル…?」
「ギルだぞ」
「うん、うん」
 エルキドゥの掌が、ギルガメッシュの顔にぺたぺたと触れてくる。好きなようにさせながら、ギルガメッシュはエルキドゥの潤んだ瞳の蜂蜜色に見入っていた。正直もう、千里眼とかどうでも良いから今エルキドゥが何をどう感じているかが知りたいとギルガメッシュは強く思った。探るように、ゆらりと腰を動かす。エルキドゥの喉が鳴る。白い手がギルガメッシュの首に回された。


 さっきよりも強く、さっきよりも奥へ。次第に大きくなっていく律動に、いつしかエルキドゥは声を堪えることを放棄した。我が友は嬌声までもが美しいと、半ば白くなった脳裏でギルガメッシュは考える。エルキドゥの掌はときにギルガメッシュの背に爪を立て、またその金髪を掻き乱した。自分はいまエルキドゥを抱いているのだと、遠い過去に喪った宝を思うさま愛でているのだと、自覚したとたんに一粒、光るものが紅玉から滑り落ちた。
 エルキドゥはそれを目にすると、びくんと背筋を震わせた。たどたどしい手つきでギルガメッシュの頬に触れ、指の背でそれを拭おうとする。
「僕は、物だから…」
 嬌声の合間の言葉は聞き取りづらかった。エルキドゥの体を丁寧に折り曲げながら、ギルガメッシュはその唇に耳を寄せる。より深くなった角度に声と息を漏らし、それでもなんとかエルキドゥは言葉をつないだ。
「僕はなにも生めないから」
 ギルガメッシュの目付きが途端に険しくなる。そのことに気付きながらも、舌を押し留めることができず、波に身を任せるようにエルキドゥは言い切った。
「ぜんぶ、君の、好きにして」



 覆いかぶさった男が自分の足をおもちゃのように軽く担ぎ直すのを、エルキドゥはただ見ていた。両手で腰を掴まれ、ついでに寝台から引き上げられる。背中しか地についていない不安定な態勢に、エルキドゥは思わずギルガメッシュの体へ足を絡めた。その途端、間髪入れずに激しい律動が始まる。上がった声は嬌声というより悲鳴に近かった。エルキドゥが感じ入っていた場所ばかりを執拗に突き下ろすギルガメッシュの表情は影になってよく見えない。
 どちらが床か天井かも分からなくなるような快楽の混乱の渦の中、エルキドゥは何度もギルガメッシュへ手を伸ばしたが、彼の両手がエルキドゥの腰から離れることはなかった。エルキドゥはすすり泣きながら、枕元に放り出されたギルガメッシュの上着を掴む。身体の全てが自分の支配下でなくなり、他者の意のままに暴かれるというかつてない状況は、刺激から来る快感と同じほどにエルキドゥを乱した。
 男の服に顔を埋めたまま、過ぎた快感に泣き叫び、ようやくエルキドゥは絶頂を迎えた。その震える肢体へようやくギルガメッシュも己を解放する。彼の濃厚な魔力がエルキドゥの泥に交じり染みわたる。全力で動き回った後のような、荒い息を吐きながら、ギルガメッシュは言った。

「そうではないのだ、我が友よ」
 ぐしゃぐしゃに丸められた彼の服の隙間から、どろどろに溶けた蜂蜜色の瞳が僅かに覗いた。
「やらずともよいことなのだ、これは。目的も成果もなく、ただやりたいからやる。だからこそ意味があるのだ」
 ギルガメッシュはエルキドゥの体を寝台へそっと下ろし、その胎内から退いた。肩で息をするエルキドゥへ手を伸ばし、その顔を隠す布の塊を取り去る。流れるままの涙をぬぐい、頬や額に張り付いた緑の髪を手櫛で整えるうち、徐々にエルキドゥの呼吸が整ってきた。彼はエルキドゥの耳元へ顔を寄せて、ゆっくりと語り掛けた。
「我とお前がともに在り、互いを愛で、快楽を共有する。肉と魂の奥深くまでを開き、互いの秘めどころを味わう。これはまったく遊興であり娯楽である。しかしてその聖性は、ときに神事にも勝る」

 耳に吹き込むような言葉とともに、エルキドゥの髪をかき上げ、生え際のラインに沿って細かく唇を落とし、終わりに耳朶を唇で食む。くすぐったさに目を細める友を真正面から見据え、ギルガメッシュは言った。
「仕切り直しだエルキドゥ。我はお前を抱きたい。お前は我に抱かれたいと思ってくれるか」
 柄にもなく生真面目にそう問いかける彼に、エルキドゥは一瞬、笑いを堪えるような表情を見せた。しかし朋友の気構えに対し相応しくないと思ったのだろう、エルキドゥは表情を作り直す。
「僕が君と一緒にやったことで、素晴らしくないことは一つも無かった」
 穏やかに言って、エルキドゥはギルガメッシュへ手を伸ばす。今度こそしっかり握られた両腕は、強く引き寄せられた。


 ただ一度まじわっただけなのに、既にエルキドゥの体はギルガメッシュの形をすっかり覚え込んでいた。まるで誂えられたように…比喩ではなくその通りなのだが…自分を受け入れ歓待する温かな泥に、ギルガメッシュは熱い吐息を漏らす。
「分かったよ、ギル」
 ギルガメッシュの腰の上に座り込み、彼の背に手足を絡めながら、僅かに上擦った声でエルキドゥは言った。
「繁殖じゃない、交尾の目的」
 寝台のヘッドボードに体を預けたギルガメッシュは、目前で踊る友の肢体をくまなくその目に焼き付けていた。唇を求める友の視線を受け、顔を寄せ合う。長い口付けの後でエルキドゥは呟いた。
「ギルがすごく近い」
 エルキドゥが体を浮かすのに合わせて、彼は脇腹に添えた掌に力を籠め手助けをする。下ろすのに合わせ、寝台のスプリングを借りて突き上げる。ぐりぐりと腰を動かしながらエルキドゥがギルガメッシュの頭を抱き寄せ、抱き込む。

「君と交じる…」
 頬に押し付けられた鎖骨のあたりを悪戯に舐め、歯を立ててやると、エルキドゥの内側がきゅんと締まった。流動する温かな泥は時に肉のような弾力を持ち、時にゼリーのような滑らかさでもってギルガメッシュの中心を愛撫し続けていた。夢心地のような声でエルキドゥは聞いた。
「街のみんなも、こうして君と交じっていたのかい?」
「あのころ我が耽っていたのはこういうものではなかった」
 ぐん、と深いところまで突き上げるとエルキドゥは嬉しそうに鳴く。夏鳥のように明るく高い声を聞きながら、ギルガメッシュは続けた。
「あれは暴力や制圧に近いものだった」
「ぜんぜん違うね」
「違うのだ」
「もしかして今、あんまり気持ちよくない…?」
 はっとしたように問い掛けるエルキドゥの顔に、思わずギルガメッシュは苦笑した。ばかなやつめ、と呟きながらエルキドゥの鼻先に噛み付き、答える。

「快楽にも種類がある。あの頃の我が手あたり次第に求めたものと、いま我がお前と共にしたいと願うものは、まったく別種のものだ」
 互いに火照った顔と汗ばんだ体を寄せ合って、素っ裸で奇妙なポーズを取り合いながら、割合に真面目な話をしていることが、ギルガメッシュには何にも代えがたいことと思えていた。エルキドゥが目を伏せて呟く。
「ともに…」
「そうだ。他でもない、お前と、ともに」
 見えて来た頂点へ向けて、ギルガメッシュは両手で掴んだエルキドゥの腰を引き下ろした。速く小刻みに突き上げると、甘い喘ぎと共にエルキドゥが真っ白な首を晒す。噛みたい、という欲求よりも先に、彼の鋭い犬歯はエルキドゥの太い血管に喰いついていた。口内の粘膜と舌で感じるエルキドゥの生命がギルガメッシュの興奮を更に煽る。
 歯形の跡を舐め上げながらエルキドゥの泣き所を叩き続けると、緑のひとは背を反らせたままで声もなく身を震わせた。両手でエルキドゥの体を押し下げ、思うさま深いところまで突き入れて、ようやくギルガメッシュは二度目の精を放った。



 苦しいほどに互いの体を抱き締めたまま、彼らは絶頂の余韻に浸っていた。どくどくという心音は完全にひとつのリズムを刻んでいる。ギルガメッシュの首に両手を回し、その金髪に鼻先を押し付けたまま、エルキドゥは小さな声で言った。
「君を独りぼっちにしてごめんね」
 目を見開いてもギルガメッシュには友の表情が見えない。尾を引く余韻にときおり内ももを震わせながらも、エルキドゥの声は続く。
「やっと言えた」
 緩慢な動作で腕をほどくと、エルキドゥはギルガメッシュの前髪を掻き分け、額にひとつ口付けを落とした。その瞳は穏やかだった。
「ずっと言いたかったのに。君の心も否定することになるから、言えなくて。回りくどい言い方しかできなくて。僕のわがままだから」
 エルキドゥが額をギルガメッシュの肩に預ける。快楽の嵐が過ぎ去った後、残ったのは苦しいほどの互いへの愛着だった。ギルガメッシュはエルキドゥの頬に掌を添え、ゆっくりと顔を上げさせる。

「お前は、我の答えも分かっていよう」
 口付けするほどの距離で見つめ合う互いの顔はぼやけていたが、これ以上は少しも離れたくなかった。
「それでも言いたかったのだな」
 エルキドゥがこくりと頷く。ギルガメッシュの表情は静かだった。息絶えるほどの悲しみと絶望から、己の足のみで立ち上がった者だけが持つ、達観がその赤い瞳に滲んでいる。息をするように自然に触れるだけの接吻をして、ギルガメッシュは言葉を続けた。
「何度でも言うがいい。そのたびに我は同じ答えを返そう。何千回、何万回とてそうしよう」
 見つめ合い、語り合い、触れ合う。故郷から遠く離れた山巓でふたりの魂が対峙している。ふたりである以上、別離はある。しかしふたりであるから、幸せだった。輝くばかりの思い出も、思いがけない再会も、今ここでこうして交わる喜びも、すべては彼らがそれぞれに別個の存在として生まれたためだった。

「過去は変えられぬ。我らに未来はない。ならば、幾度でも…」
 言葉の終わりはエルキドゥの口に呑まれた。先立つ悲しみと喪失の後悔はいつでも彼らの足元で暗い影を落としている。それでも、ここで共に歩むことはできる。短い間に随分と上達した、と目を細めながら、ギルガメッシュは自らの口内を探りまわるエルキドゥの舌先を甘噛みした。
 彼らは神ではないので、いつでも運命に翻弄されながら、今を生きるしかない。快楽は生の報酬、歓喜は生の目的。ギルガメッシュは埋めたままの物を悪戯に揺らめかす。体を合わせる行為でコミュニケーションができるのもまた、今この時があればこそだろう。



 寝台を汚さぬようにと注意深く引き抜いたギルガメッシュの心遣いは、即座に消し去られた挿入孔の前に無意味だった。たび重なる放逸を受け止めたというのに、そこは最初から何もなかったかのように傷ひとつなくすべらかだ。肉のはざまを自ら指で撫でながら、エルキドゥは自慢げに言う。
「僕のだよ」
「強欲め」
 濃度の高い自らの魔力がエルキドゥの胎内に取り残され吸収されようとしているのが彼には視える。苦笑しながら寝台を降りるギルガメッシュをよそに、エルキドゥは魔力渦巻く己の腹を飽かず眺めていた。シャワーブースで濡れタオルを作り、取って返したギルガメッシュは、エルキドゥの全身を拭き清めながら言った。
「目に見えるものが全てではない」
 エルキドゥはギルガメッシュをぽかんと眺めた。
「見えないものが生まれる? 人と泥の間に?」
「身を形作るものなら、神と星とも言い変えられよう」

「神と星の…」
 考え込むエルキドゥの隣に体を滑り込ませ、手早く自らの身繕いを済ませたギルガメッシュは、汚れた枕や自分の上着などをことごとく床へ払い落とす。足元でぐちゃぐちゃになっていた布団を引き上げると、エルキドゥを抱き込んでその頭の下へ自らの腕を差し入れた。
「…創世でもするか」
 おやすみ、とでも言うようなさりげなさで齎された言葉はエルキドゥをひどく喜ばせた。明るく笑い続ける友を抱きすくめ、つられて自分まで笑いながら、ギルガメッシュは枕元の灯りを落とす。既に山の端からは太陽が顔を出そうとしていたが、ひとでなしの知ったことではない。
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