安コが地雷でコ安が苦手なんですが、感覚的にそれと限りなく近い雰囲気でプロペシ地雷のペシプロ苦手なんですね。
安コの苦手さにはめっちゃ明快な理由があって、私が降谷さんを好きな気持ちの多くを彼の責任感と正義感、民衆の幸福のために戦う覚悟が占めてるからです。たとえ警察官でなくとも真っ当な大人なら小学生の肛門に性器を挿入しないからです。
たとえ合意の上であっても児童に性欲を抱き性行為に及ぶ公安警察官降谷零は、我欲のために犯罪をおかすコナンや、新一の帰りを待たずビッチ化する蘭と同じくらいのインパクトがある「「「無理」」」なんですよね私には。
私には。
分かってる。原作に書いてないことを勝手に妄想する時点で目くそ鼻くそ五十歩百歩、正義は我にありと驕りながら振り下ろす棍棒はいずれ己の頭を砕く。分かってるんですよ人生の半分以上を腐った沼でパチャパチャやってるんですからねこっちは。
だから「ン、ちょっと意味わかんねえな」ってカプ名を見かけてもそれ以上のことは脳みそを停止させて考えず、「「「無理」」」をできるだけ作らないのが快適オタクライフへの早道だということも知っています。
プロシュート兄貴とペッシに関しても、舎弟に性欲抱いて手を出すプロシュート兄貴?????と思いつつも脳みその九割九分九厘九毛九糸九忽九微までを凍り付かせて「アニメデメッチャナカヨサソウダッタモンネー」って目尻と眉尻を下げて口角上げときゃそれでいいんです。
とはいえ私の中にはちょっとした期待があって、「安コとかプロペシとか言ってる人は所謂コンビ名みたいなノリであって、実際に肉体関係を結んでいるとは思ってないんじゃないか?」とちょっと思ってたんですよ。
でもこの前友人と「最近プロペシとかペシプロとかよく見るよね、五年前のブームの時よりよく被弾する」という話をしていた時に「プロとペシの人はマジで二人をセックスさせてる」という情報を得てしまい、もうこれ以上考えるのはやめようと思いました。
私も瀬戸内や家三とか、原作でマジに憎み合ってる二人をカプらせるとき滅茶苦茶罪悪感あったけど結局カプらせちまったから、安コやプロペシの人たちも「どうしてもこの二人をカプらせてえ」という欲望の前に原作倫理感や攻めの尊厳が屈しちゃったのかもしれないしな…その葛藤の辛さは分かる…とか考えるのも失礼な話かもしれなくて…(終われない思考)