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スパコミの次の日まで東京に滞在して、中高の部活の同窓会に出ることにしました。
そこそこ強豪校の合唱部なので、ホテルのレストラン貸切ったりして割と気合い入ってて、OGの参加も盛んです。
毎年お誘いは来ていたのですが、卒業の翌年に出たきりご無沙汰していました。今では福岡に住んでいることもあり腰が重くなってしまい…

それ以前にオタクじゃない人と何話せばいいのか分からん

同学年の友達はまだいいんですよ。上下三学年、一緒に歌ったメンバーが限界でしょう、思い出話をするには。それでも思い出話が終わったら近況報告とか? 仕事? 恋愛? 家族? 年齢的にはもう子どもの話とかなっちゃったりする???
ビタイチ興味がねえ~~~~~
二次元の男と男の近況にしか興味がねえ~~~~~~~~~~

これが初対面の、「同じ学校の合唱部に所属していた」という共通点があるだけの人と会話するとか、もうエスパーにしか成し得ないでしょ。「えっあのクソ重い骨董品みたいなメトロノーム、先輩の代で購入されたんですか!?」とかそういう話題くらいしかないでしょ。無理。
社会不適合なオタクとして洗練され過ぎてるのでね、現実がつまんないとすーぐ妄想の世界に逃避しちゃいますからね私。壁に寄り掛かってバイキングのメロンをむしゃむしゃ食べながらぼーっとホモのこと考えてるのが関の山です。

更にですよ。同窓会が始まる前に、同学年の子たちと集まってお茶することになって。
このメンバーにはあまり抵抗は無いんです。みんなバラバラの大学に行ったのにみんな大学で友達できなくて、大学の卒業旅行と銘打ってこのメンバーで一か月ヨーロッパに飛んだくらいの仲ではあります。特に気が合うというわけではないけれど。
問題は、私が今年は参加するって言ったら仕切り屋キャラ(元部長)が張り切っちゃってね、部活関係ない中高の頃の友達まで呼んじゃってね。

いやー社交性の高い人は怖いね。何するか分かんない。いや、彼女の世界ではこれってきっと嬉しいことなんだわ、久しぶりの友人に会うってイベントは。
でもね、こちとら現実が嫌で嫌で二次元に逃げ込んだオタクですわ。基本的に人間は怖いし十年会ってない人はもはや他人ですわ。ていうかもう私が知ってる彼女らではないでしょ。
仕切り屋に呼ばれた元友人の中にはオタクだった子も居るけど、今もそうかは分からんし。あの頃「剣心と結婚したい」と言っていた彼女が既に三次元男性と結婚して子持ちとかだったら割とショックだし「えっまだ漫画とか読んでるの」とか言われた日には立ち直れない。

共通の趣味を持たない人間とコミュニケーションを取るのに恐怖を感じる、これがたぶん化粧品コーナーや服屋や美容院に近寄れない一番の原因だと思う。
人間なんて高等な生き物に生まれたくなかった。草とか石が良かった。
2018/03/07(水) 21:01 日々 PERMALINK COM(0)
でも零くんに血の繋がった家族を作りたい、赤井との間に実子を作りたい、って思ったらもうオメガバースしかないわけで、子どもは双子で昴と透なわけで、長崎は今日も雨なわけで、

福山雅治ですよ。

どんな時に、何を目標に、何をモチベーションに二次創作をするかって個人差がかなりあると思うんですが、私の場合は「ちょっとだけ満たされない状態」です。
不毛の大地を一から耕す根性はありません、というか萌えやすい物でしか萌えられない功夫の足りない腐女子です。
逆に、解釈も表現も私の理想を100%叶えてくれる人が居ればわざわざ二次創作やりません。
私が一番「やってやろうじゃん…」ってなるのは、「素敵な二次創作で溢れている豊かなジャンルの中で、『この作品最高!でも私だったらここはこうするな』みたいな、私ならもう小さじ一杯塩入れるな、みたいな作品を読んだとき」です。

それで、福山雅治ですよ。

いやーもー作詞作曲福山雅治でタイトル『零』って聞いた瞬間にすげえジャンルだ…とは思ったんですけど、まさかのキャラソンじゃなくてカプソンじゃないですか。
一番の歌詞でね、福山雅治の降谷零解釈は堪能させてもらいました。分かる。分かりまクリスティ。ていうかほんと腐女子みたいな感性持ってるんだねこの三次元既婚男性。びっくりしたわ。
そんで問題の二番。どれだけ冷静になろうとしても、「福山雅治→降谷零」でしかないし、1ミリでも気を抜いたら「赤井秀一→降谷零」になります。一番妥当な解釈は「赤井秀一が憑依した福山雅治→降谷零」です。

凄いよね。みんな言ってるけどほんと新刊。福山先生の春コミ併せの新刊、まさかのピクシブで全文公開。早く予約させてほしいしシャッター前に並びたい。最後尾札持って新刊セット千円札握りしめて待機したい。
歌詞を読んで思うのは、とにかく福山先生は零くんの強さと儚さ、言うたら関ケ原の西軍とか赤穂浪士とか新選組とか特攻隊とかに日本人が否応なく感じてしまうエモさ、ああいう感情を抱いてるんだなあということ。
そして、茨の道を血まみれの足で疾走する零くんを見て、守ってあげたい、零くんを守るためなら悪者になったっていい、と強く願ったとき、その感情を触媒に次元の壁を越えて赤井秀一が降臨したのだということ。

オファーは一年前から来てたみたいなので、一年かけてほかのお仕事が忙しいなか色々調べ、考え、台本上がって来たらそれ読んで、自分なりの解釈を歌にしてくださったわけですよね福山先生。その過程で赤井秀一が降りてきたとしても何の不思議もないし、皆さん冗談半分に言ってる「赤安読んでんじゃねえか」疑惑も、このSNS隆盛の時代には有り得ないと言い切ることは難しい。
いやー参ったわ。芸能人にここまでされてしまったわ。そんなこと考えながら繰り返し聞いててはっとしたんですね。「私、福山先生に対抗意識を持ってる…!?」って。
それに気付いた途端分かりました。「私なら…もうほんのちょっと、零くんに人間的な未熟さを付けたしたい…私ならもう少しだけ赤井に独善的なエゴイズムを感じたい…私なら…もうちょっとだけ…ハッこの感情は…!」

そんなわけで、スパコミ、時間があったら赤安で何か出したくなったわけです。
嵌りたてのこの時期にしかないパッションで、ライバボ→沖安→赤安→秀零、とかフルコースできたら一番いいんですけど、流石に時間が無い気がするし、それなら単独で短めの話、えっオメガバース…?みたいなそんなんです。オメガバースにするならキュラソー出してえ。キュラソーが生きてることくらい零くんがΩであることに比べたら些事じゃないですか? 私はキュラソーが好きなんだよマジで好きなんだよ。


余談ですが福山先生の新刊を拝読したお陰で、私が何一つ不足なく幸福な秀零に感じる「ほんとに良いんだよね…?」という一抹の不安、その正体は吉良邸討ち入りの後に生き残って幸福な余生を送る赤穂浪士を見た気持ちになるから、だということに気付きました。函館戦争を生き残り故郷に帰った新選組隊士、とかでも可。
なんだろう、心のどこかで降谷零は死ぬべき人間だと思ってるのかもしれない。死んでほしいわけでは全くないんだけど、物語上の役割として、彼は死んで幕引きする立ち回りなんだろうなあと感じてしまう、みたいな…。変な話、そしかいのタイミングが彼の死に場所であり、そこを越えてしまったら今度は「生きるべき理由」を探すところから始めなきゃいけない。喜界島に不時着してしまった特攻隊員のように…。

だが神は赤井秀一を作った。
2018/03/05(月) 22:36 DC PERMALINK COM(0)
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